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蒼の髪と銀の雨

PBW・シルバーレインのキャラクター、「巫名・芹(b40512)」のブログです。 後ろの人の代理人(A)との対話や、SS、RP日記などを書き連ねて行きます。最新記事は右側に。シリーズごとのssはカテゴリに。雑多なものはそれぞれカテゴリにちらばっています。                                                                                                       ―― 一人の努力で、なにものにも耐える礎を築けるだろう。しかし、誰かと共にあれば、その上に揺るがぬモノを建築できるのだ。…しかも楽しい――「音楽の先生」

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思考介入。 ゆめ、ふたり。

 ふと、目が覚める。いや、覚める?
「……これ、は」
 私はつい先ほどまで、森を駆けていたはず。いえ、つい今も。いやそもそも、今周囲に広がるのは柔らかな光に照らされた……砂地? 足元にはさらりとした感触があり、それでもしっかりと体重を支えていると感じる。
 その前に、私は。
 そう、私は、せり。
 巫名・芹。みこな・せり。
 大丈夫、私は私でいる。私に拠って立っている、この意識は本物だ。
「”夢の続き”といったところでしょうか?」
 一人呟く。違う。恐らく、まだいる。誰が? そう、あの夢を見せた張本人。悪夢の元凶。

――ストップ。
 このところ、思考が駆け始めると止まらないことがある。その先に、害意や殺意、そして敵の存在があればあるほどに。
「ご明察。ちょっと強引だけど、あなたと話がしたくなって、ね?」
 響いた声は目前。大体5メートルほど先に、その主はいた。
「話ですか。……あなたとする話は、それほど無いと思いますが?」
 響かせる声は私のもの。声は何も無いただ広い砂地に溶け込み、微かの残響も残さない。
「そう? 全く同じ容姿の相手が自分をどう思っているか、思考はどのようなものか、とか……興味ない?」
 響いてくる声は目前。私と同じ姿をした、私ではない存在のもの。

 鏡月。

 鏡月は黒のノースリーブワンピースを着ていて、全く武装していなかった。……私も、同じ格好。ただ、ワンピースは真っ白で、肩掛けポーチのようにナイフと鞘を身に付けていた。
「一応、この空間……状況はわたしの管理下。そして、あなたの目の前にいるわたしが破壊されれば、この空間は無くなる。……別に死ぬわけじゃなくて、お互いに元の状況に戻るだけ。だから、飽きたり嫌になったりしたら、それでわたしを殺せばいい」
 鏡月は薄く微笑み、とても簡単な説明をする。ナイフの柄はちょうど左手に触れそうな位置にあり、やろうとすれば2秒と待たず鏡月の首に新しいオブジェが突き立てられるだろう。
「今すぐにしようとしたら、どうするのです?」
「その時はその時。あなたがわたしを殺し、この世界は閉じる。それだけの事実に、何か説明が?」
 言葉を聞きながら、意識する。――想軌は、起動しない。術式を編む事ができず、魔力を集中することも出来ない。
「……分かったかもしれないけど、ここでは魔術は使えない。取るに足らない土着の魔術も、神に等しいありがたい力も、ここでは等しく意味が無い」
 察知された。魔力の流れさえ発生しなかったのに。……魔力が、無い?
「そのようですね。……それで、どんな話を?」
 フェイクかもしれない。とはいえ、こちらの手には武器がある。軽く握ってみたけど、幻影とは思えない。鏡月がどれほどの使い手か正確には分からないけど、無手の状態から武器を生み出し構えるのに、いくらか隙は生まれるはず。……だから、妙な動きをしても先手を取れるはず。
 どれも希望的観測だけれど、すがるしかない。
「まあ、そんなに大した話じゃないわ。簡単な事」
 そう言いつつ、鏡月はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。一歩、二歩……
 両肘を抱えるように緩く腕を組み、蒼い髪を揺らして。
「あなたは、気付いているのかということ」

 気付いているのか、と。鏡月は言う。言いながら近づき、3メートルほど前方で立ち止まる。
「……何に、ですか?」
 お互いに自然体で向き合いながら、言葉を交わす。
「あなた自身の変容に。あなた自身の異常に。あなた自身の存在に」
 微笑は崩さず、私を真っ直ぐに見つめてそう言うと、鏡月はゆっくりと目を閉じる。
 私の変容。
 私の異常。
 私の存在。
 気付いているも何もない。私は私。そして人は変わるもの。……今思えば、リビングデッドに対し剣を振るうことに躊躇いを覚えていた事を、懐かしく思う。
 けど、それは変容というより慣れ。適応であり、状況への対応。変容や異常というより、必要なこと。
「変化があるという事は認めています。必要な変化、を」
「変化? 変容じゃなくて? 慣れとか適応という言葉で片付けて、義務という言葉で心を守って、必要だと叫んで逃げ出してない?」
 言葉にかぶせてくる。そしてその言葉は、不思議と胸に突き刺さる。聞いてはいけない。
「例えば、芹。あなたは、敵となれば友人でも家族でも手にかけられる。……否定しても無駄。わたしには分かるから」
 その通りだ。別に、感慨も無いわけじゃない。状況もある。けど、”殺しあう”相手とは、それ程の理由があり対峙する存在。……その時には、友達や家族なんて、きっと言っていられない。そういう予測。
「……そうですね。そのような状況になるまでには理由があり、お互いにそれを譲れないはず。ならば、手にかけることもいとわない」
「理由、ね? それじゃあ、あなたが今まで手にかけた相手はどうして? 死んでない、止めを刺していないなんて言い訳は聞きたくない。その理由は?」
 鏡月は次々に言葉を投げかける。――不快だ。こちらに踏み込もうとする意思を感じる。内面を探ろうとする意図を感じる。閉じたまぶたの奥で、何を考えているのか――
「……銀誓館に関するものは、そうしなければ一般人の方々にも被害が出て……何より、世界結界の崩壊を食い止めるため、です」
 鏡月がやや大きめに一歩を踏み出す。あと2.5メートル。
「何も殺さなくても、とは思わない?」
「結果として命を落とすことまではどうしようもありません。……それに、参加する人々の年齢層はともかく、あれは”戦争”です」
 鏡月がまた少し歩み寄る。2メートル。
「じゃあ、今日みたいな状況で、巫名家側につくのは何故? あなたはともかく、あなたのお友達は沢山人を殺してるわよね?」
「単純です。あなた達は敵であり、離反者であり、それに……無関係の人々にも被害を与えています」
 鏡月がまた歩み寄り、立ち止まった。1メートル。
「そうね。じゃあ、あなたのその判断基準は?」
「巫名家からの情報です。……情報部は、確かな情報を掴んできますしね」
 具体的には知らない。けれど、ナズナさんやお母さん、それに先生もいる。信頼するには、充分な理由がある。
「じゃあ、質問。その巫名家が狂っていたら? 末端はまともでも、中枢が狂っていたら何にもならないわよね?」
「では、その根拠は」
「質問に質問で返さないの。国語のテスト0点なのよ、そういう人って」
 無意味な質問。無意味な例え。――もう、必要ない。

『殺せ』

 たったの1メートル。向こうが距離をつめてくれた。

 殺せ!

 以前にも見た夢では、明らかにこちらの精神を攻撃してきていた。……よって、これ以上話をするのは危険。

――殺す。

 たった一言の決断は、ゆるりと下る。左手にナイフを握り、同時に右手で鞘を払う。ベルトが肩にかかったままだけど、関係ない。一撃で。

――そういえば、なぜ、鏡月は。私と同じ姿を?

 左手を引き、半身に踏み込む。狙うは腹部。突き刺し、そのままぐるりと刃を返して致命傷を与えるだけ。

――そもそも、私は本当に? もしかして、鏡月が。

 右手で鏡月の肩を掴む。逃がさない。殺す。殺す。

――必要がある。今、話さなければ。疑問を。

 どん。











「最初に言ったでしょ? この空間は、この状況は。この世界は、わたしによって管理されている」
 気付くと、ぬくもりがすぐそばにあった。何が。何が、起こったのか。
「わざわざ握って確認していても、刃までは確認しなかった。そして、いざ動く時に”確信している武器”を確認することはしない」
 ふわっと、柔らかな香りがする。森のような、爽やかで優しい香り。
「……とりあえず、あなたが思うほど事は簡単じゃないのよ、芹」
 鏡月の声。いや、私の声? それとも、私は鏡月で、彼女は芹なのか――?
「ひとつずつ、紐解くの。いい?」
 そう言うと、ぬくもりは離れる。……鏡月に、抱きしめられて、いた?
「多分、すぐには分からないと思う。だから、まずわたしの話、ね」
 鏡月はそう言うと、また一歩下がる。1メートルくらいの、距離。

「とりあえず、わたしについて」
 またもとのように微笑みながら、鏡月は話を始める。ナイフは彼女の後方に落ちていて、その刃は何か、プラスチックのようなものに見えた。
「わたしの生まれや作者については、きっと後で分かるから、置いておくとして。……なぜ、あなたを犯し、壊し、殺すとまで宣言したわたしが、こんなことをしているか。そこから説明するね」
 私はというと、呆けている。何が起きたのか。……ただ話は聞けているし、こうなれば抵抗はできない。あれほど強く持った殺意も、今ではどこかへ消えてしまっていた。
「まずわたしの存在そのものについて。……いくらお洒落に興味がないわたしたちでも、鏡くらいは見た事がある。そして、あなたとわたしは全く同じ姿かたちをしている。そこからわかるかもしれないけど、わたしは芹という個体を起点にして、その存在をコピーしたもの。……より正確に言えば、”芹”という個人のコピーを想軌し、稼動させているもの。それがわたし。”鏡月”と呼ばれるモノ」
 驚きは、強くない。全く同じ姿かたちのものは、度々魔術で生まれているから。
 ただ、何と言うか、漠然とした疑問がある。詳しくは、分からないけど……
「当然だけど、まずそれが実現したことが奇跡的。でもその可能性とかの話は関係ないから飛ばすね。……まず、生まれた直後のわたしは極めて不安定で、ほぼ同一な存在であるあなたを疎ましく思っていた。それ自体はまだあるんだけどね。まあ、別の事を今は試そうとしてる」
 それ自体、とは私を疎ましく思う気持ちだろう。問題は、”別の事”だ。
「試そうと思った理由はいくつかある。それは――」

 前提、わたしと芹は基礎が生命体か魔力かが異なるだけで、組成も能力もほぼ完璧と言えるほど同じである。
 以下、理由。
 ひとつ、わたしと芹の行動理念が、あまりに違う。今のわたしは、極めて自由に振舞っている。芹は、自由なようで自由でないように感じる。
 ふたつ、組成が違う。多少の違いは当然として、明らかに異質なものが芹には混じっている。
 みっつ、わたしが触れ合える可能性のある人間は、芹しかいない。

 大きく分けて、三つ。そう締めくくり、鏡月は息をつく。
「それで。試すこと、とは?」
「今やってる。この空間。……そろそろタネ明かしをするね」
 この空間? 引きずりこむことが目的なら、すでに達成している。……けど、もったいぶった言い回しを聞くに、それだけではなさそうだ。
「この空間……というか一種の世界、か。精神世界、抽象的世界、何でもいいけど。 この世界は、あなたとわたしでつくり、維持している。わたしが編んだ想軌に二人の魔力を接続して、お互いの意識を魔法的に交信している。……世界やわたしたちの姿かたちはわたしの管轄で、芹はそれらの固定――アンカーみたいなところに利用させてもらってる」
 荒唐無稽。としか言いようが無い。精神的空間を生み出す魔術は存在するけど、他人の魔力を”勝手に”融通するのは難しい。……魔力という大雑把な分類では同じ力でも、細かな質は違う。「鉄」と呼ばれる金属は大体同じだが、品質や組成により様々なものに分かれる。それと似ている。――どういうものかよくわからない鉄を用いて骨組みを組んでも、いつ崩れるかの見通しなど立つはずも無い。
「不可能です、そんな」
「魔力の性質が把握できないはず、でしょ? でも言ったとおり、わたしとあなたの組成はほぼ完璧に同じ。……そう、魔力さえ。”こころ”が違うくらいで、あとは全く同じ、よ。だからこそ、わたしはいとも簡単に、それこそ準備も予兆もなく、また戦闘の前にすらあなたに接続することができた」
 今日、起こっている戦闘。その直前に、鏡月が来るというイメージは確かに受け取っていた。不自然なほど鮮明に。
「そしてこの空間は、より自分自身の精神に近い存在になる。……当然ね。精神と魔力の混合物で接続したホットラインみたいなものだし」
「では……何のためにこれを?」
 疑問が、口からでていた。急がなければならない。なぜか、そう思った。
「……わたしと、あなたの組成の違い。もっと言えば、あなたに混じる不純物の特定のため、かな。きっとそれは、あなたを知らず知らずに苛んでいる。思考の偏った加速、強引な割り切り、極端な自身への孤立。……あのね、必要があれば友人でも簡単に手にかけるって、普通じゃないと思うよ。戦うとしてもね」
 ちくりと胸が痛む。ふと浮かぶ幾人かの表情に、刃を突き立てる。……ぞっとしない。できれば、そんなことは起こってほしくない。
「そう。あなたは……芹は、そんなことできない。”敵”を倒す事はできてもね。例えばわたしは、明らかにおかしいと思う仲間がいるけど、その人を殺せといわれたらできないよ。たとえ必要な事でもね」
 では、なぜ。――あたまが、痛い。考えるなと、警鐘を鳴らしている。
「け、ど……思考の極端化は想軌の影響で……侵食、が」
「そうだね。……けど、もしも。もしも、それが正確じゃないとしたら? 本当は想軌によって狂気なんて呼び起こされないのに、”そういうものだ”と印象付けられていたら?」
 疑問を抱いたことは、ない。現にそういう事例はいくらでも記録されている。
「残っている記録も――すでに、そういう印象が根深く広がり、何らかの悪意を持って”引き起こされた”ものの記録だとしたら?」
 なぜか。かんがえたくない。
「根拠、は……」
 声は、弱弱しかった。こんな弱い声、出したくはないのに。私は、私は――強く。強く――
「だから、わたしとあなたは同じ。……それに、わたしはあなたと違う形の想軌を、それこそかなり用いている。良い事にも、悪い事にも……けど、わたしは鏡月であるのに対し、芹は明らかに変化している。”想軌の副作用”でね?」
 組成が同じとするなら、鏡月が発生した時期の私がモデルなはずだ。瓜二つなのだから、見た目の年齢は変わらない。
 ならば、想軌による副作用が発生しうるタイミングも、おおよそ合致するか、どちらかが少しだけ先行する形になるはず。なのに、鏡月には発生していない、と。するなら。

 それ自体が妄想ではないか、とも思う。狂気は、自らでは気づきにくいものだから。
「……その可能性も考えた。けど、わたしはわたしなりのやりかたで確認して、本当に”侵食”が発生していない事を確認してる。まあ、その手法自体が狂っているかもしれないし、今は教えられないけど」
 心を読むように、鏡月は続ける。……思えば、この鏡月は何か、雰囲気が違う。
「さっきも言ったけど、生まれた直後のわたしは不安定だった。それは今も残ってる。だから、より直接的に接触できる手段を選んだ。それが、今のわたし。感覚としては、鏡月という存在の中に二つの意識があって、それぞれ管轄が違ったり、重なっていたりする感じかもしれない。”あっち”の鏡月は、こんなに細かな話はできないしね」
 鏡月は微笑みながらそう続ける。――ひとつの存在にふたつのこころ。多重人格……とも、違うようだ。
「うん、違うね。……話を少し戻すね? 想軌の侵食について。少なくともこれは、わたしにいわせれば”存在しない”代物。じゃあ、なぜ発生するのかというと――信仰じゃないかな、と思う。”そういうもの”と強く認識していることで、受け入れやすい環境ができる。そしてそこに、何かしら手を加える。そう、人為的に。……そうして生まれたのが、その”副作用”だと、わたしは思ってる」
 理屈は、分かる。けれど――
「あなたももう、知ってるはず。……さっきわたしを殺そうとした時、あなたは何度判断した?」
 簡単だ。私は一回だけ『殺す』と。強く意識したから。
「そう。でも、よく思い出して。その前に何度か、あなたの声で『殺せ』と聞こえたはず。――それは、なぜ? 行動するのは芹自身なんだから、殺せ、じゃなくて殺す、が正しいはずなのに」

……あ。

 世界が揺らぎ、風はやみ、砂地が、色の無いガラスのようなものに変化していく。
「――時間切れ、か。それとも、”破壊工作”かな?……いずれにしても、しばらくはお別れ、ね」
 空が遠のく。地面の感覚が消える。鏡月との距離が、離れる。
「待っ……!」
「また後でね、芹。……あっちの鏡月に、よろしく」

 その声を最後に。
 私は、現実に引き戻される。



 そして、目が覚める。そう、目が覚める。
 ここは、森。もといた場所だ。
 急がなければ。向かう場所は、分かっている。
 時間はどれほど経ったろうか、数分にも感じる。
 姿勢は元のままで、ぼんやりと佇んでいたように。
「……話も、ありますからね」
 駆け出す。場所は、分かっている。

 この夜の狂宴。その只中に鏡月がいると、魔力の微かな繋がりを手がかりに。

 その、私は。
 そう、私は、せり。
 巫名・芹。みこな・せり。
 大丈夫、私は私でいる。

 私は、私の意思で、駆けて行く。
 何かを、知るために。きっと、知るために。
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みどりのかがみの。つきいろの。

――ああ、楽しい。
 前もって兆候を示し、警戒させて、集った命を散らせてゆく。散らせた命を、拾い上げてゆく。
「――っ、はは…!」
 えび茶式部の、”あの子”と同じ姿を返り血に少しだけ汚しながら、彼女は笑う。手にした刃で首を刎ね、想軌を編んでは血煙を立ち上らせる。
――始まりは、山中の川沿い。夜桜を愛で、月を仰ぎ、刃を手に駆け抜ける。間にある命など、舞台を飾る花吹雪でしかない。
「――クソッ! 早すぎる! 各隊に伝えろ! 早」
 声は濁った音に変わり、ついでに蹴りぬいた腹部はひしゃげ、体幹を捻じ曲げられたように吹き飛ぶ。
 ある者は脚を砕かれ、足を貫かれ、恐怖に顔を引きつらせたまま肺を踏み潰される。月と、少女の顔を見上げながら、その幻想に震えながら悶え、血を溢れさせる。
「…来たよ、芹? さっき面白い事見せてあげたんだから…もう、いいよね?」
 万全を期させるため―もっとも、これ自体不意打ちだが―夢を送り込んだ。すでに”送心”は途切れているため、芹は目覚め、行動を開始しているはずだ。
 飛び掛る術師の腕を事も無げに切り落とし、右の手で首を掴み、奇妙な音と共に投げ飛ばす。…まだ年端も行かない術師は樹木に叩きつけられ、悲鳴も出せないままやわらかな残骸となる。
「脆いね。わたしも丈夫じゃないけど、芹。…壊れないで、ね?」
 遊びに。そう呟いて、ゆるりと歩みを進める。
 斬撃も。
 狙撃も。
 魔術も。
 彼女には届かない。その歩みも、想いも、止まらない。止められない。

――ばちゅ。……ぱぁー、ん。

「…! よし…! 対象の狙撃に成功! 繰り返す! 対象の―」
 止まらない。血を溢れさせ、崩れた身体は再び立ち上がり、微笑みながら彼を見つめる。
 止められない。第二射を放つ前に、彼女によって蹴り上げられた砂が、小石が。無数の殺意となって身体を貫いた。
「…第二十式魔術貫徹弾。そいつを頭に食らっても死なないようなお転婆か…ちょっと手が焼けそうだな?」
 その彼女―鏡月。の目前に、黒字に白の文様が刻まれたコートを纏う男が姿を現す。
「久しぶりだな、お嬢ちゃん? …まあ、こんなカタチで再会するのは感動的とはいえないが、な」
 欧真・透。”不可視の刃”の使い手にして、巫名の剣。杷紋の事件の後、その刃を振るいつつ巫名・芹の守護を買って出た者。…洗脳下の出来事とはいえ、負けて格好悪いままではマジでダセぇ。とは本人の言。
「そんな事、ここへ来る前に分かっていた事だろう? …それにそのお転婆を御せるのは私達じゃなく、あの子だ。時間稼ぎというのも胸の悪い話だが」
 隣に立つは、布都・錫那。…鏡月を取り巻く流れを追う、巫名の従者にして剣。黒いローブの内で、二振りの短剣を握りなおす。
―彼女もまた、巫名・芹を守護する…というより、鏡月討伐の協力である。具体的な日時が巫名にもたらされていたため、即応部隊が動くこととなったのだ。

「…あなた達に用は無いの。わたしは、芹と―」
 鏡月が言葉を紡ぎ終わるより早く、欧真の纏う白の文様が銀色の力を宿す。
「―……へえ、面白いね。見えてるのに、見えてない。まるで芹の瞳みたい」
 悪戯げに微笑む鏡月の仕草は、芹のそれと同じ。…寒気が走るほどに。
「…まあ、確かに見失いがちな子ではある。が、今はどうでもいい」
 錫那もまた、胸中で殺意を解放する。時間を稼ぐとは―即ち、全力で殺しにかからねばならない。芹と、ナズナに賭ける為にも。僅かでも相手の命を削り、願わくばナズナや芹の手を汚すことも避けたい。
「うん、どうでもいいね。…あそぶことが大切」
 鏡月がそう答える。欧真が距離を測る。錫那が気配を張る。
 周囲に、他に動くものはいない。狂騒の後で、最後の宴を――

―――
――


時は、幾刻か遡る。


「…残念だね」
 一人、呟く。
「あの日、アタシはガラにもなく泣いた。…二度と、こんな理由で。二度と、異能解決は必要ない―すなわち、もう会うことは無いって、さ」
 煙草に火を点ける。…煙草でも吸わねばやってられない。
「でももう、会っちまった。それなのに、あの子は未だ苛まれている。…生まれたときの呪いに、異能に、自分自身にさえ…」
 そして、芹はギターを弾くことすら避けてしまっていた。…つい最近、弾こうとした場があるらしいが。恐らくは”解禁”を意味するものではないだろう。
「……アタシはあの子に、何をしてやれたのかねぇ…助けられたと思っていたし、普通に大分近づいたとも思ってたけど。 独り善がり、か…」
 ふー。と、煙を吐き出す。…場所は、想い出の詰まった、この部屋。もう二度と帰らないと思っていた、部屋。
「…さよならの黄昏。か…あの日も、こんな綺麗な夕暮れだった…か」
 夕暮れは別離の象徴。一日が別れを告げ、そして芹と…大川もまた。5年間ずっと、夕暮れの中で別離を繰り返していた。
「でもね、芹。夕暮れはさよならだけじゃないンだ。…確かにその色が強いけれど、夕暮れにしかない暖かさもあるって…あンたは、それに気付かないほど馬鹿じゃぁないはずだ」
 かつての―大川にとっては、今でも―教え子に呟く。今はいない。そう、今は。
「…今夜、か。被害は小さく…ならないんだろうね。相手が相手だ。巫名も備えをして、そしてその分だけ痛みを負うんだろうさ…」
 業者に運び込ませていた冷蔵庫のスイッチを入れ、サイフをジーンズのポケットに突っ込む。
「――さて。沈むのは今のアタシの仕事じゃないね。いちご牛乳とコーヒー牛乳…あと、一応食べるものを買っておかないと」
 白衣を羽織り、煙草をポケットに突っ込んでドアを開け、通りへ出る。あの頃の、毎日と同じように。
「本当に、最後だ。アタシにできるのは、これくらいだからね――」
 3年を隔てた授業の為、大川・葉子は歩き出した――

そして宣告が。

「――ッ!」
 ばっ、と上体を起こす。同時に今まで睡眠に沈んでいた意識が完全に覚醒する。
「……」
 自分の両掌を見つめ、”聞こえた”事を頭の中で繰り返す。何度も何度も、自分が普通とかけ離れた面を”与えられた”事実を。

 恋をしない。その要素がない。50メートルという単位に、100グラムという単位が結びつかないように。
 心が欠けている。感情が、想いが。引き換えに想軌の才能を、巫名の歴史に残るほど備えている。
 子を、宿さない。心の一部を殺された時、術師が戯れに施した呪い。器官はあっても、カタチを為す前に本人の魔力がすべての可能性を刈り取る。

 つくりもの。おまえは、つくられた。私の、複製品。
 日常を、幸福を、過ごす事は許されない。生得した力が、与えられた力が、歪められた心が、決して許しはしない。
 それでも過ごそうとするなら、日常を壊すだけ。本人が望んでも、悪意が、殺意が、必ず向けられて壊される。

―あなたに、そんな権利は認められない。

「…冗談…」
 聞いたことのある声だった。むしろ、いつも似た声を聞いている気がする。そう、すぐそばに。その声の持ち主を知っている。…強烈な殺意と歪みのカタマリ。
 瓜二つの姿をした、同じ気配を纏った、それでも違う存在。
「回りくどいことをしますね…それに、不愉快です」
 呟きながら芹はベッドを下り、クロゼットから手早く装備を取り出し、身に着ける。えび茶式部に一振りの蒼い長剣。それと試作品だという、やはり蒼色の―こちらは細身の―長剣。
 最後にライフルを取り出し、”想軌用の”カードへと収納する。
「壊すというなら、先にこちらが壊しに行くだけ。…必ず、来ますね?」
 手法は分からないが、想軌を使ったことは間違いない。そうして、夢の中へ直接声を投影してきたのだ。そしてそんな事をするという事は、即ち―

「…――っ…――!」

 小屋の外から、おぞましい叫び声が聞こえた。距離が離れているのか森の中なのか、音源は遠い。
 言葉も発さぬまま小屋の外に飛び出した芹を、じわりと粘っこい気配が迎えた。
「…来ましたか。それにしても、戦闘が起こるなら連絡を――」
 不意に感じ取った気配に剣を一閃――する直前に、もう一つの影が音もなくその気配に飛び掛り、地面へ落とすと同時に首を一掻きにする。
「ナズナさん…?」
 黒い戦闘服に身を包んだ男の首を刃で引き裂きながら、影…ナズナが立ち上がる。
「ああ、芹…ごめん。本当はもっと早く伝えなきゃいけなかったのに」
 手にした短剣を一振りし、血を払いながらナズナが言う。その間にも、周囲の森からは奇妙なざわめきが響く。
「いえ…それより、来たのでしょうか?…その、彼女が」
 芹の言葉に頷くと、それ以外にもオマケがたくさん。と付け足した。
「規模は大きくないけど、あちこちで戦闘が始まってる。…そして敵の指揮を執るのは、芹と同じ姿をした彼女。巫名家はこれを”鏡月”と名付けたよ」
 きょうげつ。その名を呟き、芹はじわりと思考を切り替える。
「わかりました。…とにかく、話している暇はないでしょうから―」
 背後に降り立った気配を振り向きざま蹴り飛ばす。と同時に魔力が炸裂し、意識を暗い闇へと導く。
「うん。すぐ行こう。場所の目処はついてるから、急いで!」

 駆けながら、芹は思う。私は複製ではないと。
 敵を斬りながら、芹は考える。仮に心が欠けていても、私は私であり、オリジナルだと。
 魔力の光を操り、芹は結論する。複製品でない事が証明されれば、私は構わない。幸福が手に入らなくても、心が壊されていても、それらにさよならを告げて、ただ私として在ればいい。

―私が私たる根源は、ただ私にある。他の誰にも、他の何にも拠らない。縋らない。必要がない。
 心が欠けていても、子が宿らなくても、諦めてしまえばいい。そう、自身を否定されるより、ずっといい。
 だから。私を。複製品なんて呼んだ存在は。
 だから、私を、複製品なんて呼べる存在を。

「……す」

―ただ走る。
 さよならを、届けに―

さよならの、黄昏

 時は黄昏時。一人の少女が、廃墟で孤独に舞い続ける。
 生きる為に、勝利の為に、少女は黄昏に舞踏を刻む。

「はっ!」
 短い声と共に剣を一閃。
 魔力を帯びたその一撃は死して尚動き続けるモノの肩口から横腹までを一直線に切り裂く。
「…゛…ー…」
 喉から呻き声を漏らしながら崩れ落ちたソレを見て、剣を握りなおした少女―芹は、心中で言葉を紡ぐ。
――変わったな、と。
 以前…銀誓館に来たばかりの頃には、リビングデッドや自縛霊など、人間の姿をもったモノを相手取る事すらままならなかったのに。
 躊躇い、迷い、それでも決意と共に剣を振るっていたのに。魔術を編んでいたのに。
「もう、慣れてしまいました、ね」
 鈍い音と共に、背後に接近していたリビングデッドの胸を貫く。そのまま身を半旋回し、吹き飛ばす。
 あの頃には想像もできなかった、容赦の無い攻撃と意思。
 かつて「人間と同じ姿で戦いづらい」相手だったものが、今では「ヒトの形であるだけの敵性存在」となっている。…それはつまり、ただ斬り捨てて焼き払い、撃ち抜くだけの対象という事。
――冷たい、意識。

「…はぁ…っ」
 戦闘で僅かに昂った呼吸を整え、意識を研ぎ澄ませる。
「……さん、は。痛みを刻んで…でしたっけ」
 ついと浮かぶは、友人の姿。この「モノ」達の無念という痛みを、受ける痛みを、与える痛みを、心に刻むと。そう決意したという、友人の姿。
 直接聞いたわけではないが、そう、どこかで聞いた。
 痛みを受け入れて、優しさを受け継いで、きっと彼女はそうして生きていく。

――自分[わたし]とは、違う。

「私を優しいと、言う人たちもいますね…」
 きっとそんな事は無い。今この瞬間にも、1体のリビングデッドを物言わぬ遺体へと還していく。それは過激ではないが、無慈悲な剣閃。
 勝利を目指すその舞踊はどこか美しく、けれど返り血という反撃すら許さぬ、冷たく鋭い独演会。
―優しくなんか、ない。芹はそう、心で呟く。
 現に変わってきている。かつてあった、躊躇いという一種の優しさすら失くしている。それのどこが優しいなどと言えようか。
「…それでも、そうですね」
 せめて、自分なりに。
「私なりに、手向けの言葉をかけても悪くないかもしれませんね」
 最後のリビングデッドを斬り払い、剣に付着した血を払い、納刀。
 去り際に、芹はぽつりと呟く。

「さよなら」

 それは、別離を告げる、最後の言葉。
 時は黄昏時。独奏者は誰ともなく、その言葉を囁いたのだった。


「一方その頃」

 えてして、日常と非日常は隣り合わせに存在している。巫名・芹の場合もそうである。
 戦闘と安息。
 魔術と音楽。
 芹が平和な日常を過ごす一方で、とてもではないが平和とは言い難い時間を過ごす人々もまた、存在するのである。



「……――!……ッ、…!」
 口を封じられ、その喉元に湾曲した刃を打ち込まれた黒衣の男が、声にならない悲鳴を上げている。
「諦めて」
 黒衣の男の口を封じ、その喉元に湾曲した刃を打ち込んでいた少女がぽつりと呟き、そのまま刃を右手で真横に引き抜く。
 両手に血飛沫がかかるが、艶のない黒い布様の素材でできた肘手袋は受け止めた血液を球状に変えて弾き、地面へと払い落とす。
 簡単だ。命が重いなんて、誰が言ったのだろう? その重さに、個人差があると知っての言葉なのだろうか?
 彼らはこちらの命を狙い、そしてこちらは返り討ちにした。そこに、どんな重さがあるのだろう?
 そんな自分達と、何も知らぬ一般人と、そして――あの子の命が、どうして一様に平等に重いなんて言えようか?

 頭部を首と共に背中方向へ70℃ほど傾けた男が地面に崩れ落ちるとほぼ同時に、もうひとつ、やや長身長髪の女性――少女もだが、黒いロングコートを羽織っている――が森の中から姿を現す。
「こっちは終わった。――子供を使うなんて、随分趣味の悪い連中だったけれど」
 あまり感情を表さないのだろうか。麗しいながらも、どこかひんやりとした印象を抱かせる顔をほんの少し翳らせて、女性は報告する。
「そうだね、なりふり構ってられないみたいだ――いや、ボクらが言えた事じゃないのかもしれないけどね?」
 少女―こちらはまだあどけなさが残る顔立ちで、髪は襟足あたりでざっくりと適当に切りそろえられている。
「ナズナ、それは少し違う。…なりふり構ってられないんじゃなく、子供を戦力にする程度の技術はあるという事さ。いずれにしろ私達には関係ないがね」
 そう言うと、袖に隠れるように握っていた短剣を懐へしまい込む。ついさっき、大人2名と子供3名の命を奪った刃を。
「…そうだね。気にしていたらこっちが危ない。そんな付け焼刃じゃダメだって事を、命をもって知らせてあげないと…ってところかな。姉さん?」
 無論、”前線の人間の命をもって、中心の人物へ知らせる”という意味。これはもしかしたら、命の重さが分かるかもしれない。
 そんなナズナの言葉に姉さんと呼ばれた女性――錫那(すずな)は、ふっと息を漏らしながら少しだけ微笑んで
「それで分かるほど利口なら、苦労はしないだろ。少なくとも、当分は分からないだろうから――」
「分かるまでとりあえず殺せばいい? …ま、その通りだろうけどね。異論は無いし」
 ナズナが言葉を継いで、それから自分の言葉を呟く。
「――でもそんな風に死ぬ子供たちは、自分達が不幸とは思わないんだろうね。…姉さん、命の重さってなんなんだろ?」
 なんとなく思っていたこと。けれど、気にかかること。
 錫那はそんな妹の言葉に少し驚き、そして。
「さあね。金銭、権力、周りにとっての有益さ…色々あるだろうが、私は少なくとも、一応の意見を持ってるよ」
 ざわり、と森が風にどよめく。
「多分、人間性というヤツだ」



 錫那の言葉にナズナは首を傾げる。
「人間性? 姉さんにしては、随分難しい言い方をするね」
 どういう意味だ、と錫那が呆れながら溜息を吐き、そして続ける。
「もっとも、私規準の考え方さ。”私達”になくなりがちなものを持っているかどうか。持っていたとして、それの強度がどれくらいか…ということだよ」
 なくなりがちなもの。
――常識、危機感、感情、正気そのもの、命、時間。
「別の言い方をすれば、生き物としてはあまり必要じゃなく、人間であるためには必須であるもの、か」
 ふむ、と顎に手を当てて、ナズナは考える。今しがた命を奪った、その死体を見つめながら。
「……んー、わかるようなわからないような……かな。どういうこと?」
 その言葉に錫那は小さく頷き、そして、自分なりに説明を開始する。
「例えば、だ。性欲……つまりは生殖というのは、生物には不可欠なものだ。この場合はいわゆる”動物”にという意味だが。だが、”恋愛”という感情は、別になくてもいい訳だ。雄と雌が結合して交尾すれば、子孫は生まれるのだから。……けど、人間らしくある為にはある程度は必要だろ? 無いのが異常という訳ではないが、例えば先天的に感情が無くなっていればそれは人間らしくはないわけだ」
 そんな事を言って大丈夫なのかな、とナズナは一瞬思うが、とりあえず。
「つまり、人間らしさって事? 感情とか、こころとか」
 その通りと錫那は頷き、同時に、その言い方が一番よかったな、と心中で呟く。
「そしてその強度……つまり、どれだけ人間らしいか、という事だな。それは恐らく、一種の命の重さになると思ってる。……当然、これは私達”逸脱した者”にしか通じないと思うがね」
 逸脱したもの。
 想軌術者、近似魔術の術者、常識の外側に身を置くもの。
 なんとなく分かりやすい指標のような気がする。命の重さと引き換えに強い力を得るなんて、実に分かりやすい構図だ。

――想軌を強力に扱える者は、総じて人間だとは言えなくなっていくのだから。

「それなら」
 ナズナは穏やかに口を開く。
「それなら、ボクらはもうあんまり”重く”ないのかもしれないね? 当然のように人を殺せて、しかも人間の死体じゃなく、もはや損壊された肉にしてしまうんだから」
 そんな事をするヤツがよもや人間的であろう筈がない、と。
 しかし錫那はゆるく首を振り。
「いや、お前はまだ随分”重い”よ。……そうだな、お前が重いと思っている相手よりは、恐らく」
 その言葉に、ナズナはきっと視線を鋭くし、姉を睨みつける。――想軌による精神侵蝕の影響で、ある事象に対しては時に極端な反応を見せる――
「――姉さん、それは芹を」
「ああ、そうだよ。あの子はお前が思うほど重くないし、そして多分」
「――姉さん!」
 風切り音。
「――多分、急速に軽くなる。何かを知ることは、時にその人物を破壊するだろ?」
 湾曲した刃を持つ短剣は、錫那の首に触れたところで動きを止める。
「……そりゃ、分かるよ。分かってる。芹は人為的に強化されているって、さ。……初めて聞くときには、ひどくショックだと思う。芹は普通でいたいんだから。けど―」
 直接、芹自分を比べる事は許さない。そう言わんかのように、姉を睨みつける。
「……いや、そうじゃない。もっと、もっと根本的なところだ」
 その言葉に、ナズナは疑問を覚える。同時に、その内容が気にかかる。
――何故だろう、絶対聞いてはいけないような気がする。
「お前の言うとおりなら、あの子――芹は、その事実を知った時に”急激に軽くなる可能性”がある。だが私は、既にあの子の方がお前より軽いと言っているんだ」
 どこか哀しげな色を宿す瞳。「天声」杷紋の影響下にあっても、それでも妹を見て、そしてその心中を知っているからこその、色。
「……ただ単に芹を貶める言葉なら、いらない。けど――説明を聞きたい」
 いいだろう、と錫那は頷き、そして語り出した。

「……簡単に言うと、お前が芹に抱いている感情を、芹は持ち合わせていない。というより、存在しない。それ以外にも、芹が”軽い”理由はいくらかあるがね」
 ナズナはきょとんとする。
 自分が抱く感情――今更誤魔化しても仕方がない。つまりは恋愛感情を、芹は持っていないという事だろう。
 それは当然だろうと思い、そのまま口にする。
「……姉さん、ボクは報われたいなんて思ってない。両想いなんて、きっと幻想だよ。夢の中か、あるいはベッドの中で一人想う時くらいにしか許されない幻想だと、分かってる。でも、だからと言って他人からそう言われるのは、良い気はしないよ……」
 刃を下げ、少しだけ目を伏してナズナは寂しげな表情をする。
 けれど、問題はそうではない。錫那はほんの少しだけ迷って、ひょっとしたら妹を悲しみとか衝撃の底に叩き落すかもしれない言葉を紡ぐ。
「そうじゃ、ない。……あの子には。芹には、恋愛という要素自体が存在しない。そういう感情が発生しない。お前が抱いている甘い幻想も、苦しさも、そしてほのかな温もりも、芹は感じる事が出来ない」
 それだけじゃない、と続ける。
 ナズナはゆっくりと顔を上げる。理解したくないことを、しかし自身の実感を以て理解しながら。
「その代わりに芹は高い魔術能力や想軌の発現力を付与されている。……あたかも、恋愛という心のリソースをそっくり持ってきたかのように」
 悪い事はもっとある、と続ける。
 もういいと、ナズナは思い始める。想い人が理不尽な目に遭っていて、それをもっと聞きたいと思う者がどこにいようか。
「芹の想軌は、もっと強い。当代でも屈指の実力者になれるかもしれない。……けどその代償としては、感情ひとつじゃ全然足りないはずなんだ。つまり、もしかしたらもっと――」
「もう、いい」
 もっと歪にされているかも。
 その言葉を錫那は飲み込み、しかしナズナは理解する。
「……つまり、ひどい皮肉ってことだね?」
 小さく微笑みながら俯き、ナズナはそっと目を閉じる。
「こんな立場で、毎日血を流させて、命を奪い続けているボクが、こんな気持ちを抱いているのに」
 胸元に左手を当て、きゅっと握る。
「日常を望んで、時に血を流して、誰かの日常を守り続けている芹が、この気持ちを抱くことが出来ないなんて」
 笑みがこぼれる。もう、笑えて来る。自分にはいらないものを、一番持っていて欲しい人は得る事ができないなんて。
「……」
 錫那は黙ってそれを見つめる。恐らくは初めてであろう、奇妙な痛みを胸中に感じながら。
「……でも、さ。ボクはボクだから。報われようとは思っていないからさ」
 目蓋が濡れる。頬を伝う。
 これも、芹は得られないもの。失くしたもの。
 機能として流れはしても、悲しみや喜びの涙を流す事は、決してない。
「だから、変わらないよ。……哀しいけどね。それにちょっと気分が楽になった部分もあるし」
 その言葉は意外の一言。錫那は何が、と問いかける。
「姉さんはさ、人間性を多く持つものから死んでいくって言ったでしょ?」
 随分前に言った言葉だ。仲間が死んでいくのは、実際にその通りだった為に。
 錫那は何も言わずに頷き、言葉を待つ。
「それなら……残念だけど、ボクが生きている間は芹は大丈夫って事だと思うんだよ。姉さんの規準なら、多分ボクの方が”より人間性を持っている”ことになるだろうし」
 まああくまで規準だけど、と最後に付け足す。
「……本当に、ひどい皮肉だね。日常を暮らしたい芹の心には欠落があるのに、ボクはないんでしょ?」
「ああ。お前は育ち方は特殊でも、想軌などでの精神への干渉は行われていないはずだ」
 そのやりとりを最後に、そしてナズナは歩き出す。
「帰ろう。とりあえず報告しないといけないし、それに……立ち止まっている間に芹に何かあれば、それが一番みっともない事だから、ね」
 そう言って涙を拭い、移動を開始する妹に錫那はただ一言。
「……そうだな」
 今伝えた事が全てではない――もっとも、自分が得た情報はより広い”全て”ではないが――とはいっても、それなりに自身の信念とか心に素直に、しかし強く歩き出した妹を見て、少し安心すると同時に、また別の考えも浮かぶ。
(やはり、死ぬのはこの子が――)

 一番早いのであろうか、と。
 同時に、疑問も浮かぶ。

 日常を望みそれなりに表情豊かでも、感情や心の動きが欠落している芹と。
 必要な時に必要なだけ人を殺し、魔術の世界に入り浸っていても”感情豊か”なナズナでは。
 どちらがより人間らしいのだろう? と。



日常。巫名・芹の場合。

 いつの景色か、いつ口にした言葉か。
 どの時間か、天気は雨で。
 何もしなくとも景色は移り、何をしているか定かでなく。
 友人と話し、しかし世界は切り替わって。
 あるときは影を斬り捨て、あるときは誰かと歌って。

――そして夢は、いつの間にか終わる。




 まず音。今日は風が強いのか、がさがざと木々が揺れ、小屋自体も心なしか風に押されるよう。
 次いで、布団に埋もれている身体の感覚。真横を向いた体勢で、自らのぬくもりに包まれている。
 そしてぼんやりと開いた目蓋の向こうに、しっかりとした木製の壁、視界の端には枕などが見える。
「ん……」
 小さく声を漏らしながら、布団をおしのけゆったりと起き上がる。そして伸びをひとつ。
 枕元においてある時計に目をやると、きっかり午前5時。本当ならもっと遅くても充分登校時刻に間に合うが、身体の方が生活に慣れてしまっている。とはいえ、困る事も無い。
「……ふぅ…」
 しばし目を閉じ、ひと呼吸。…まるで波が引くように目が覚めてゆく。
「…さて」
 ベッドの上で身体の向きを変え、足を下ろし、靴を履く。一日が、日常が、始まる。
「今日はなんだか…落ち着いた一日になりそうかな…」
 呟いた彼女の名は、巫名・芹。
 平和な日常を割とよく壊される、”能力者”の少女である。

 さて、平和な日常を過ごすにしても、パジャマのままでは平和を通り越した生活になってしまう。
 が、そこは一人暮らしの身である。優先度は高くない。
「とりあえずトースターを……あ。ベーコンを買ってこないと」
 トースターにパンを2枚突っ込み、スイッチオン。次いでフライパンを取り出したところで、冷蔵庫にベーコンが備蓄されていない事に気づく。
「…じゃ、目玉焼きですね。ベーコンエッグにできないのは残念ですが…」
 昔何かの読み物で見てから、トーストにはベーコンエッグとサラダ、という良く分からないイメージがある芹にとって、ショックではないが残念な出来事なのである。
 とにかく、朝食のメニューは決まったので、あとは作るのみ。
 前日に茹でて冷蔵庫に入れておいたブロッコリーと生のレタスをカットして木の器に盛り、さらにトマトを添えて塩を少量振りかけ、マヨネーズを添える。…絵に描いたかのような「サラダ」の完成だ。
 目玉焼きはトーストに乗せるので、黄身は少しかために。塩で簡単に味を付け、コショウはスパイスミルをごりごりとやって振り掛ける。…それを二枚作る。
 最後にトーストを皿に取ってバターを塗り、目玉焼きを乗せれば完成。そして牛乳をコップ一杯準備すれば、簡単朝食の出来上がりである。
 いささか分量に不安があるが、芹には充分なのである。
「いただきます」
 誰に言うとも無く呟くと、トーストと目玉焼きをぱくつき、フォークでサラダをつつく。
 この小屋は電気も水道も通っている…というか『使える』が、テレビなどない。あるのは木々や風の音と、それと――

かちり。

『…√……/…ーそれで、僕もこんな業界に入っちゃったって訳ですよー』
『なんでドラマーがラジオのMCになってるのか疑問を感じた事はないんですか?(笑』
『ほんと……なんでだろうねぇ? いやなんかスカウトかなーとか普通に……』
『はいはい、次はお天気予報です。この人の人生と違って晴れると良いですね!…とはいえ本日は――』
 ラジオ。
 周波数メモリ機能も無く、単一電池を二個使う古臭いものだが、受信するには苦労はしていない。
 有効活用しているとは言い難いが、なんとなくそういう生活が楽しいのだ。
「……♪」
 明確に幸福だとか、そういうのは良く分からないけれど。
 それでも、とりあえずうまくやっているのだ。非日常に身を置く者として、いささか緊張感がかけてはいるが。

 朝食を終えると、まず食器を全て洗い、片付ける。乾燥機なんて無いので、流し台に食器立てを橋のように架け、そこに皿などを収納して水を切る。底に受け皿などが無く格子状で、なおかつやや斜めになっているため、案外水はけが良い。優秀な品だ。
 そしてそこまで終わって、ようやく服を着替え始める。
 薄青いパジャマの上着を脱ぎ、クロゼットに引っ掛けて今日の服を探す。…もっとも、全体的にそう変わり映えのしない品揃えではあるが。
 青いシャツと、腰丈ほどのジャケット。それと白いスカート――学生証を作るときにも着ていた服装だ――を取り出し、ふとクロゼットの内側にある鏡を見る。
「……」
 顔は特に表情は無く、あと身体は…色々と『無い』。無いというより控えめ、だろうか。…かといって芹は。気にした事など殆ど無いのだが。
「…やはり、気にした方が良いのでしょうか」
 下着の上からその控えめな胸に触れしばし考え込むも、そんな興味は数分と持たず、着替えを再開する。気にしたかと思うとこれである。
 シャツを着て、パジャマのズボンを脱ぎ、スカートを身に着けジャケットを羽織る。
 登校まで数時間はあっても、準備だけは早く済ませてしまう。――何も、日常へだけの準備ではないからだ。
「イグニッションするとはいえ、普通のパジャマで出撃、というのは避けたいですしね…」
 汚れちゃうし。とも呟き、かくして今日の『準備』は全て終わった。
 では余った時間は?というと…

 まず、ベッドを壁に収納…というより畳んでしまう。
 掛け布団、敷き布団それぞれをまず脇の収納棚へと片付け、ベッドの台を立てるように壁に畳み、固定する。できるだけスペースをとらない構造になっているのだ。
 そして残りの時間は鍛錬。とはいっても本格的なものではなく、まずは軽い運動と、自身の魔力の流れを感じて調律。次いで簡単な"想軌"を行う。
 当然魔力弾だの火炎だのを発する訳にも行かないので、手のひらに乗る程度の火球を生み出し、僅かに浮かせながらすぐに消滅させる。…本格的なそれではないために光源などとしては使えないが、イメージの具現には役立つのである。

「…試してみた事もありましたが…上手くいきませんでしたしね、そういえば…」
 芹の能力…というか、魔術師としての素養は”破壊と自己”に特化している。
 他者を援護・補助するよりも、力を具現し破壊・殺害する事・自身を強化・補強する事に向いている…いわば、”殺傷の才能”である。
 その炎や衝撃は確かに光を生むだろうが、それは暖かな『照らす光』では決してない。敵を焼殺する炎が誰かの道を照らし不安を取り除く事など、起こりえないのだ。
「……」
 黙って自身の手のひらを見つめる。幾多もの魔力を発し、敵対する者を焼き、斬って来たその手を。
 苛まれた事が無いでもない。現に、『そういうものだから』他人と深く触れようとはしないし、『そういうものだから』必要なその時が来れば、友人でもこれまでの敵と同じ――力が増しているのだから、なお酷い――目に遭わせるだろうとも思っている。力で勝てなくとも、苦痛を与える事はするだろう。
「……っ!」
 しかしそれを考えると、不思議な感覚に陥る。
 胸が軋むような、怯えているような感覚。少し前には『仕方ない』と思っていたのに、今では『そんなことがあってはならない』とすら思う。
 では、どうするべきなのか。
 誰かを照らせないその蒼の炎は、光を遮る障害を焼き払う事でしか誰かに光をもたらせない。
「…違いますね」
 もっと、もっと気づかなければならない。

 あの夜の森で、あの日の巫名家周辺で、来訪者などとの戦争で。
 魔力を紡いで、頭を撃ち抜き、剣で斬り払い、魔弾で焼き尽くし。

 戦いが楽しいと、感じていた。しかし、もっと。もっと。
 もっと、その先にある事に、芹は――

「違う……!」
 結論へ踏み込めるほど大人ではなく、思考を拒否するほど子供でなく。
 しかし"それ"を意識する程度には賢しく。

 そして、時間だけが過ぎる。



 いつまでも考えても仕方が無いものは、数多く存在する。
 逃げてはいけない結論だが、しかし拘泥しても仕方が無い。
「…行かないと、ですね」
 呟くと、かばんを手に取り、椅子を立ち、戸締りを確認して小屋を出る。
 疑問と答えとは不明瞭なまま思考に残っているものの、最低でも森を抜けるまでには追い出さなければならない。
――日常とは、『そういうもの』だから。
「…ふうっ…」
 いつか、答えを見つめる事ができるはず。
 そう結論づけて、森を抜け、銀誓館学園へと向かう。



「おはようございます」
「おはよ芹ちゃん。今日はいいトマトがいっぱい入ったんだよ。良かったら後でどーぞっ」
 いつも野菜類を買う八百屋で挨拶をすると、そんな話題が帰ってくる。…そういわれるときは、大体安くしてくれるオマケつきだ。
「はい。ちょうどサラダに使う分が無くなったので、また帰りにでも寄らせていただきますね」
 そう笑顔で答える姿は将来の良きお嫁さんの素質バッチリだと、商店街でもいくらか有名だ。
 軽く受け答えをして歩いていく芹の後姿を見て、八百屋の旦那さんが呟く。
「俺があと30年若けりゃなぁ…ほっとかないんだけどなぁ…興味無さそうで勿体ねえいててぇでででで!」
「アンタみたいな色気の無い男がいっくら若くなったところで、あの子と釣り合う訳ゃないでしょっ」
 友人の多くが勿体無いと思っている事実は、やはり知る人にとっては共通のようで。

――銀誓館学園。
 鎌倉のあちらこちらにキャンパスを構え、裏では能力者の保護・養成から異能事件の解決まで行う超マンモス校。もとい、学園。
 数あるキャンパスのうちの一つに、芹は毎日毎日、遅刻せず欠席せずかつ早すぎずのペースで登校している。
 能力者が多数在籍しているとはいえ、表向きには、ごく普通――少々生徒数は多いが――の、小中高一貫の学園に過ぎない。
「おはよ!芹っち!」
「はい、おはようございます」
 なんて、そんな普通のやり取りも当然ある。
 何かゴーストに関係するような事件があれば、朝礼の時、教室備え付けのテレビから知らされるようになっている。
 そしてそれら全てに自分が関わるわけではないので、どちらかといえば芹の日常は『普通』に近い。
「……」
 ぼんやりと、しかししっかりと、その『朝礼』を見つめる。 今は関係のない事件でも、いずれ関わる時が来るのかもしれない。『運命の糸』とは、そういうものだ。
「…」
 そうして、全く糸が繋がらない事もある。まさに今のように。

 結局、事件が無ければ文字通り普通の生活になってしまうものだ。
 授業は真面目に受けるし、昼休みには昼食をとり簡単な復習をして、授業が終わり放課後になれば、寄り道せずに真っ直ぐ帰宅する。
 そう、ごく普通だ。本家からも学園からも特に動く指示が無ければ、あとは個人的な修練くらいしかやることはないのだから。
……それが貴重であることは勿論理解している。芹にとっての『平和な日常』とは、当然かつ希少だからこそ日常足りえているのだから。
 だが同時に、物足りなくもある。戦闘…非日常とは、生きる実感とその力を、ただの日常よりも遥かに強く感じさせてくれるからだ。
「……?」
 そんな事を考えている際にふと感じた感覚。
 商店街に吹く風、人々のざわめき、八百屋のおじさんのやたら大きい声、同年代の学生達のにぎやかな声。
 日常というもの。そこに、溶け込んでいるという事。今生きて、ここにいる――その、実感。
「…ん、悪く…ないですね」
 少しだけ微笑んで、再び歩き出す。
 自身の、日常の象徴へ。
 公園へ。小屋へ。

 ゆるゆると食事をして、シャワーを浴びて、ラジオを聴いて、布団に潜る。
 夢から覚めて、ラジオを聴きつつ食事をして、軽く運動をして、学校へ行く。

 退屈かもしれないけれど、時間が止まったようかもしれないけれど。それは、確かに。
「楽しいですね…なかなか」

 それを幸福と呼ぶのかどうか、芹には分からなかったけれど。
 まあ、いいかと思考を切り替えて、そして。

 日常を、紡いで行く。


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