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蒼の髪と銀の雨

PBW・シルバーレインのキャラクター、「巫名・芹(b40512)」のブログです。 後ろの人の代理人(A)との対話や、SS、RP日記などを書き連ねて行きます。最新記事は右側に。シリーズごとのssはカテゴリに。雑多なものはそれぞれカテゴリにちらばっています。                                                                                                       ―― 一人の努力で、なにものにも耐える礎を築けるだろう。しかし、誰かと共にあれば、その上に揺るがぬモノを建築できるのだ。…しかも楽しい――「音楽の先生」

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夢現。夢幻の夕暮れ、夕暮れの幻。

――真っ赤に染まっていた。

 全ては、赤く、紅く。
燃えるように、染まっていた。

――真っ赤に、染まっていた。

 目に映るもの全てが、紅く、赤く。
鮮血のように、染まっていた。

――真っ赤に、染まって、いた。

 夕暮れのようで、夕暮れでなく。
血のようで、血でもなく。

「それ」に塗れていたのは………他でもない、自分だった。
「それ」に溺れていたのも………他でもない、自分だった。




 赤。
見渡す限り、真っ赤に染まっていた。
地面やそこに配置されたさまざまなもの以外にも、光も、風も、それら全てが赤かった。
「……これは…」
 そこに一人佇む少女は……芹。
孤独を恐れ、集団に怯え、今もまた、一人赤い世界に取り残されていた。
周囲を見回しても、ここがどこなのか判然としない。まるで赤い光に焼き尽くされているかのようであった。
「私は確か…」
 朝、目が覚めて、いつものように挨拶をし、食事をし、そして…
「森へ行って…それから…」
 屋敷付近の森――当然、安全が確認された範囲だが――へと散歩に向かい、それから―
記憶が、途切れていた。

「…何か、嫌な予感がしますね…」
 一人、呟く。
周囲にはいくつもの何かが立ち並んでいる。まるで森のように。
とすれば森なのかもしれないが…それならそれで、記憶に無い、分からないというのは妙な話である。

 そう、分からない。
途中で意識を失い、いつの間にかこうなっていたのか。
あるいは、意識を失わずはっきりと覚醒した状態でここに来たのか。
まったく判断がつかない。唯一つ分かっている事は…
「ただ事ではありませんね…」
 呟き、冬用コートの内ポケットからイグニッションカードを取り出して叫ぶ。
「イグニッション!」
 控えめだがよく通る声…それも、どこか不気味に赤い世界へ消えてゆく。
愛用の刀を片手に、改めて周囲を見回してみる。
 不測の事態が発生した時こそ、冷静にならなければならないのだ。
…芹は、それをよく理解していた。

 やがて、周囲にあるものは「木」であることは分かってきた。
だがその姿はどこか不気味で、赤黒い樹木にさらに夕日が差しているような、醜悪なものだった。
 さらに、地面に転がっていたり、あるいは配置されていると思しきそれらは、ただ黒い塊のように見え、やはり夕日に染まったような不気味な姿をしている。
「…特殊空間…にしては、引き込まれる感覚もありませんでしたが…」
 勿論例外というものもあるかもしれない。
だがそれ以上に、芹は今感じている”直感”に確かなものを感じていた。
―ゴーストではない、と。
 根拠などないが、逆に否定する要素もない。
ゴーストだとすれば、そろそろ仕掛けてきてもおかしくはないのだ。
「…けれど、誰が…?」
 芹が呟いたその時。
幾本もの樹木…そのうちの一つから、一つの影が現れた。

「やあ、芹」
 少女の声でありながら、やや低めの大人びた響き。
今は赤い光に染まってはいるが、黒い外套に長い黒髪。
 その声と姿には覚えがあった。
そう、芹がまだ巫名の家に居た頃、世話やいくらかの修練の相手になって貰っていた少女…ナズナだった。
「…っ…!?」
 芹は名を呼びそうになり、すんでのところで思いとどまる。
―家を出るまさにその日、別れ際にした約束。
”外では、布都・薺の名を口にしないこと”
それを、忘れてなどいなかったからだ。
 そんな芹を見てナズナはくすりと笑い、懐かしげに口を開く。
「ぷっ…はは……君は相変わらずだね、芹。……久しぶり」
 その言葉に、芹は僅かな違和感を覚える。
が、それよりも懐かしさの年が勝っていた。
「…はい、お久しぶりです、布都さん」
 今おかれている状況すら一瞬忘れ、いつものように微笑みつつ挨拶を返す。
思わぬ人物との再会…芹の思考は、そちらに引かれてしまっていた。
「ナズナ、でいいよ。…本当に相変わらずだなぁ…さすがに、背、伸びたね?」
 ナズナは芹に歩み寄り、その頭に手を伸ばし、冗談めかして笑う。
「当たり前です。……何年も経っているのですし」
 芹もつられて微笑みつつ、懐かしい記憶を乗せるように、そんな言葉を返した。
「そうだね…本当に久しぶりだから……ああ、そうそう」
 ナズナもまた時間を噛締めるように返し、用件を切り出した。

「今日はね…ある人からの伝言をあずかって来たんだよ」
 伝言。
伝言をよこしそうな人物がとっさに思い当たらず、芹はきょとん、とナズナの顔を見る。
「伝言、ですか?」
 そういえばイグニッションしたままだったと思いながらも、実際何が起こるか分からない状況で解除しようとは思わなかった。
――何かあって、足を引っ張るのも嫌だったのだ。
「そう、伝言…いいかい?」
 ナズナの言葉に、芹は無言で頷く。
母・睦月からの伝言だろうか、それとも大川からの冗談交じりの挨拶だろうか?
そんなことを考えている芹に、ナズナは薄く微笑みつつ”伝言”を伝えた。

「消えろ、ってさ。邪魔なんだって」

 何を言ったのか、分からなかった。
それくらい自然で、それくらい当たり前のように言い放たれた言葉。
芹が驚きと共に表情を凍らせるのを見て、ナズナはもう一度言う。
「だから、消えろってさ。邪魔なんだってさ、君の事が。いなくなれってコト…分かる?」
 今度は分かった。
つまり、消えろ。とは。
まるで全身の血液が冷え込むかのような感覚と、言い知れない不安感、恐怖が芹の中にじわりと湧き出して来ていた。
「ちょっ、そんなに驚かなくてもいいでしょ?…簡単な事じゃないか。消えろ、だってさ?」
 そんな芹に、ナズナは可笑しそうに言う。
まるで、おつかいの伝言に来たかのように、言い放つ。
「…れ…?…あ…」
 芹は言葉を返そうとするが、掠れたような声しか出ず、小さく深呼吸して心と呼吸を整える。
「だってほら、消えとってことはさ……ん?なに?」
 ナズナはなおも笑顔のまま、芹の言葉を聞こうと口をつぐんだ。
その笑顔にはどのような真意があるのか…芹には、分からなかった。
「あの……誰が…言っていたのですか……?」
 責める意味ではない。
そこまで不快に思わせていたなら、謝罪しなければならないと思ったからだ。
 その言葉にナズナは、ふむ、と一瞬考えて…そして、にこりと笑ってこう言った。

「勿論…君が友達だと思っている人、気にかけている人全てからの伝言さ。みんな同じこと言ってたんだよ?邪魔だから消えて欲しいって。今風に言うとウザいっていうヤツなのかな?…でも良かったね?みんなが君をどんな風に思っているか分かったじゃない♪」

 その言葉は、弾んでいた。
まるで今夜のおかずが好みの献立だったかのような、楽しそうな報告。
 そして今度こそ、その言葉は芹の心を揺さぶった。
…聞き逃せるほど短くは無く、また……心のどこかで恐怖していた事だったからだろうか。
しかしそれだけでは説明がつかないほど、ナズナの言葉は深く――そう、不自然なまでに――芹の心を抉っていた。

「………」
 言葉が、出ない。
もはや、何を言うべきかも分からなくなってしまっていて、泣けばいいのか、怒ればいいのか、あるいは左手の刃をもって、自らの喉笛を捌くべきなのか…その全てが心に浮かび、ごちゃまぜになって消えて行く。
 それでも、ようやく一言…言葉を紡ぎだす。
「……それは……ナズナさんも…ですか…?」
 呼吸すら止まってしまいそうな声音の芹に、ナズナは…欠片も迷わず、即答した。
「当然じゃないか!」
 大声。と、凄絶なまでの笑顔。
言葉と同時に、ナズナの右手が影も残さぬほどに鋭く動き、芹の身体を袈裟懸けに切り裂いていた。

「………?」
 突然の事に回避行動も取れず、斬撃の勢いをそのままに芹の身体が大きく後方へと揺れる。
尻餅を付く形になった芹の目の前に、ナズナは血に濡れた短剣を突きつけ、言い放つ。
「だってボクが伝えに来たんだよ!?ボクが君に消えて欲しいって思ってなければ伝えになんか来ないよ!もういい加減にしてよ!…そうやって君は優等生ぶっちゃってさ、本当に腹が立つんだよ君は本当に本当に本当に本当に!」
 心の底から苛立たしげに、まるで心の膿を吐き捨てるかのようにナズナは言い放ち、左手で芹の側頭部を掴む。
「痛っ…!」
 その乱暴な動作に頭を揺さぶられるその痛みで、幾分か現状を把握する冷静さを取り戻す。
が、全てを把握する前に、ナズナは芹の首元目掛けて短剣を突き出した。
「……っ!」

 世界が下に向かって流れ、鮮血が舞った。
焼けるような痛みと、鋭い熱が肩口に奔る。
そのままであれば首を深く抉られ、確実に命を落としていたであろうその一撃を、芹はナズナの左手に抵抗せず、力を流す事で両者のバランスを崩し、回避することに成功していた。
 だが、状況は芳しくない。
ナズナは芹の肩口を切り裂いた勢いそのままに短剣を地面へ突き刺し、それを支点に跳躍。
芹の上を飛び越え、おおよそ6mほど離れた位置へ着地した。
「どうして避けるのさ……君のためでもあるのに」
 心底腹立たしげに、そしてどこまでも冷たくナズナは言い放つ。
その言葉に再度心を揺さぶられながらも、芹は左肩に手を当てつつ立ち上がる。
「…死にたい訳では、ありませんので」
 どれだけ邪険にされようと、どれだけ疎まれようと、芹は命をむざむざ捨てる気は無かった。

――役立たずならば、役に立てる日まで走り続ければ良い。
 邪魔だと言われるならば、姿を消せばいい。
自分がこれまでに受け取った恩や愛情…様々な力の類。
それらに何の恩も返さず、ただ自分の逃避の為に命を捨てることだけはなんとしても避けなければならないのだ、と。
芹はそう思っていたからだ。

「………なんでさ」
 ナズナがより一層憎しみを増したように呟いた。
「なんでさ…なんで、”自分は生きようと”するの?」
 どこか奇妙な響き。
そう…まるで、芹が”何かした”かのような。
「…どういう、意味ですか?」
 右手で小さく術式を描き、そのエネルギーを逆流。
肩の傷を癒し、痛みを誤魔化しつつ芹が問いかけた。

「どうって………こういう意味だけど」

 そうナズナが呟いた直後、芹の足元から、まるで世界が書き換わるかのように姿を変えてゆく。
それはまるで、それまで覆いがかかっていたかのように滑らかに、鮮やかに、そして残酷に置き換えられてゆく。

――真っ赤に染まっていた。

 全ては、赤く、紅く。
燃えるように、染まっていた。

――真っ赤に、染まっていた。

 目に映るもの全てが、紅く、赤く。
鮮血のように、染まっていた。

――真っ赤に、染まって、いた。

 夕暮れのようで、夕暮れでなく。
血のようで、血でもなく。

 世界が、牙を剥いた。

「…!!」
 それは、これまで幾度も見た光景だった。
いつも忘れていた夢の正体。いつも見ずに終わっていた夢の末路。
「覚えてないんでしょ?でもボクには分かるんだよ…君がそうやって、怖いものから目を背けてきた事が」
 そこに横たわるは、恩師、肉親、友人……全てが、あの夢と同じだった。
「…こ、れは…」
 何。という言葉が出てこない。
というより、自分はこれをよく知っているような気がしてならないのだ。
 赤い世界、黒々とした地面、転がっていたり配置されたモノ達…
「君がやったんだよ?…全部、ね」
 呆然とする芹に、ナズナはなおも楽しげに続ける。
「君は一人を怖がっていたけど、集団でいることにすら怯えた。…だから、”一人じゃなくて集団でもない”環境を作ったんだよ」
 その言葉に、芹は首を横に振ることも出来ない。
なぜか…とても正しい気がしたし、今はもっと深い、別の事を考えていたのだ。

―知っている。

「だけどこれじゃあ……君の事をスキでいてくれた人たちも酷い事になっちゃってるじゃないか。…嫌われて当然だよね」
 まるで積み木を壊した子供に呆れるような口調でナズナが呟き、短剣を構える。
その表情はもはや憎しみの色は無く、ただ薄っぺらな笑みを貼り付けていた。
「でも大丈夫……すぐ、楽になるよ。何も悩まなくて、何も考えなくていい……君は本当に、君のなりたいカタチになれるんだ」
 その言葉に、芹の耳がぴくりと動いた。
どこかで…そう、遠いどこかで聞いたような。
「…悩まない…考えない…」
 呟き。
魂が抜けたようで、しかし確実に意思のある呟き。
「そう…君がそうやって悩むふりをすることで、周りの人たちは君を気にかけてきたんだ。そして君はそれに甘えていた…だけど、それももうおしまい。殺しちゃったんだしね」
 ナズナはおどけたように呟き…そして、身構えた。
無抵抗な相手の命を奪うのは、心構えさえあれば1分とかからないのだ。
「……簡単、に…?」
 簡単に、ごく簡単に。
そう呟き、改めて周囲を見回してみる。

 亡骸、血溜り、濡れた地面、濡れた樹木、折れた枝が引っかかっている低木。
どこか薄っぺらな森の景色に、紅の霧。
どこか懐かしく、どこか恐ろしいその景色。
 頭の片隅に引っかかる感覚。
それに捕らわれている芹にナズナが踊りかかるその瞬間。
不意に、声が響いた。

――…お疲れさん。今日はなんだか、涼しい曲だったね。

 公園。

 キィン…と、金属同士が衝突する音が長く鋭く響き、ナズナの表情は一瞬にして驚愕のものへと変わっていた。
「……な…?」
 抵抗されるとは夢にも思わなかった、という表情。
胸元を狙った横薙ぎの一撃は刀の背でもって受け流され、勢いもあってかお互いの前髪が触れそうな距離で力は拮抗する。
「そんな……ボクはきちんとやったのに…!」
 苛立たしげなナズナの表情は先ほどまでと違い、まるで別人のようであった。
そんなナズナに、芹は意思を取り戻した視線を突き刺すように見据える。
「何がどうなってこうなっているのか分かりませんが……もう、同じ手にはかかりませんよ」
 自分でも微妙に良く分からないことを言いつつ、そのままナズナを突き飛ばすように短剣を弾き、飛び退って距離を取る。
イグニッションしていることもあってか、力も身のこなしも芹の方が数段上であるらしく、同じように飛び退いたナズナはややバランスを崩しての着地となった。
「っく…!」
 どうにか体勢を整え、ナズナは改めて芹を見る。
その姿は力強く、先程までとは全くの別人にすら感じられた。

 狼狽するナズナに、芹は静かに…そう、いつものように問いかける。
「如何しますか?…貴方は、布都さんではないのですよね?」
 呼び名が戻る。
それはつまり、三人称としての呼び方。この場にいない人物への呼び方。
目の前にいる「それ」が誰かは分からないが、ナズナでないことだけは確かなのだ。
ならば。
「もっとも、今そう主張したところで信じるつもりはありませんが…穏便に済むならばそれが一番ですから」
 最後通告。
この状況でそのような事を言うのも相当であるが、逆を言えばこれで最後という事になる。
―戦うことを選択すれば、容赦はしない―そんな意思が、ナズナにもはっきりと伝わる。

「………!」
 その言葉と”幻夢”が伝えてくる意思に、ナズナの姿をしたそれはきりりと歯を鳴らした。
ふざけるなと、虚を衝かれ弱っていた想軌の炎が心の内に燃え上がる。
 確かに、”あの”布都・薺に比べれば、自分など取るに足らない存在であるし、恐らくは今目の前にいる巫名・芹にも敵うまい。
どう見ても勝機は薄い。だが、それ以上に。
「ここまで来て、貴方を無事に帰すとでも?」
 プライドが許さなかった。
布都・薺に届かぬ身でこのような役目――戦闘行動を挟まないとされた為だ――を任され、そして今、狩る相手だった筈の小娘に、暗に投降せよと告げられているという状況。
 許せなかった。
これ以上劣り、貶められるなど。
 許すわけには、いかなかった。
だから。
「何も言わずに斬りかかって来ていれば無事に済んだものを…五体満足では帰しませんわ」
 命と引き換えにでも、力ある者の身体を喪わせてみせるという、歪んだ決意。
その身の周囲に魔力が集積してゆくのが、芹の目にもはっきりと確認できた。

 正直な話、不可思議なまでの確信があった。
決して負けないという、その確信。
「…分かりました」
 相手の決意に、応戦の意を持って応える。
何か逼迫したものを感じるその雰囲気に、芹はどことなく共感を覚えていた。

―自身の内で膨らんだ”何か”に追われているかのような気配。
勘というには確かなもので、実感というには曖昧な感覚。
 いわば読心に近いような奇妙な感覚。
その感覚に、相手への攻撃を僅か躊躇う。

「考え事をしている余裕が?」
 その言葉とほぼ同時にナズナが踏み込み、芹の首元を狙って短剣が振るわれる。
相手がただの人間であれば、確実に動脈を切り裂くか、あるいは首を飛ばせるはずの一撃であったが、芹は身を屈め、最低限の動きで回避し。
「余り無いようですね…」
 問いかけに答えつつ、”想軌”。
右掌に炎が宿り、衝撃で爆ぜるイメージを描きながら懐へ一歩踏み込み、相手の腹部へ掌底を叩き込む。
瞬間、掌と腹の触れた部分から熱と衝撃、そして炎が生じて、ナズナの身体をおおよそ身長と同じだけ宙へ浮かせる。
「……っぐ」
 想像以上の破壊力。
世界が何重にもぼやけ、華奢な手から伝わる衝撃で内臓が悲鳴を上げる。
取り落としそうになった短剣を握りなおし、狂った平衡感覚の中でどうにか体勢を整え着地する。
「甘く見ていた…本家の直系とはいえ、生ぬるい俗世で生きていたと」
 嘔吐感を押さえ込むように腹を押さえつつ、ナズナが口にする。
その身の周囲に、いくらかの紙屑のような物が火の粉を散らしつつはらはらと舞い踊る。
「それがとんだ思い違い…なぜさきの一合で気づけなかったのか」
 周囲で焼け落ちる守護の符を眺め、ナズナは呟く。
並みの術ならば一枚で数回は防ぎきる符を、たったの一撃で六枚も打ち破り、そして使い手にまで充分な打撃を加えるとは思いもしなかったのだ。
「……」
 そんなナズナを、芹はただ静かに見据える。どうやら、まだ来るつもりらしい。
芹は、この相手を殺したくはなかった。
殺したくはないが。
「逃がさないといったところかしら…随分ふざけた子」
 ナズナは呟くと、ひゅんと風を切り、短剣を構え直す。

―その、相手を逃がさずかつ殺さない方法は何かと考える、甘ったれた考えが。

「…気に入らないわね」
 言葉と同時に左手を振るい、袖の下に隠してあった短剣を放つ。
と同時に身をかがめ、想軌。
自分の身体に影が落ちる様をイメージし、夕暮れのような風景に溶け込んでゆく。
「…!」
 キィン、と涼やかな音と共に短剣を弾き飛ばした芹は、視界にありながら見えていない存在に気づき、返す刃で斬り伏せようとする。
――反撃すればその勢いで…殺してしまうかもしれない。
そう直感し咄嗟に飛び退るも、既にナズナは、ただ真っ直ぐに刃を突き出していた。
「逃がさない!”あちら”に戻っても癒えぬ傷を刻んでやる!」
 まるで恨みを晴らすかのような高らかな叫び。
直後に、芹の胸元へ切っ先が突き立てられ、全身の伸びやかな動きはその刀身をさらに埋もれさせてゆく。
「…か…っ」
 衝撃と施された術式による激痛に、芹は喉から空気が漏れるような声を発し、表情を歪める。
自身の得物がその肉に半分ほど埋もれるのを見て、手ごたえを感じて、ナズナは宣言する。
「下ッ!このまま引きずり下ろして……殺す!」
 一瞬緩やかに感じられた時間の中で、ナズナは芹に突き刺した短剣を、そのまま腹を捌くように引き下ろした。

 夕暮れ空に鮮血が舞う。
芹の身体は跳躍と刺突の勢いに押され、いくらか宙に浮いた後腰から地面に落ち、そのまま動かなくなる。

 夕暮れ空に鮮血が舞う。
ナズナの身体はまるで足を取られたように前に傾き、引き下ろした短剣は手から抜けて地面へ突き立つ。

「な…?」
 ナズナは唖然として、自分の足元にある”それ”に目をやる。
それは巫名・芹の友人でも恩師でも親類でもなく……夕暮れの赤い光に照らされ、いささか不気味なぞ存在感を持つ。

 タイヤ、だった。

 公園にありがちな、半ばほどが地面に埋もれたタイヤ…それを視界に認めた直後、ナズナは派手に転倒し、呟く。
「何でこんなものがこんなところに…」
 怒りを通り越して呆れつつ、ナズナは身体を起こし、芹の方を見やる。
胸元から血が流れてはいるが、それだけであった。
「…気を失ってるのか」
 立ち上がり、短剣を拾い上げナズナが呟く。
―今なら、抵抗を許すことなく仕留められる。
そう確信し、芹へと一歩ずつ近づいて行く。
だが。
「…やっぱり、違いました」
 ゆっくりと身体を起こしながら、芹が呟く。
膝をついて、もう一度。違いました、と呟いた。
 ナズナは、何故かその呟きを邪魔してはいけないような気がして足を止め、聞く姿勢に入る。
「やっぱり…私の大切な人たちではありませんでした」
 その視線の先には、地面に転がり、或いは埋もれたいくらかの遊具や、それらが壊れたもの。
それを眺め、芹は自分の身体を抱くように腕を組む。
「…私は……ころしてなんか…いなかったんですね」
 それは、確認だった。
自分へ、そしてここにはいない友人や親類への。
 ふとナズナが我に返り、芹の元まで歩き始める。
「…そうだね。…でも、そんな事いいじゃない、どっちだって」
 膝を突いたままの芹の傍まで歩み寄り、短剣を逆手に持ち替える。
「そんなの無関係に、君はここで死ぬんだから」
 そう呟き、自身の胸元付近まで短剣を持ち上げる。
狙うはその白い首元。…何故か、苦しませず一息に死なせてあげたいと思ったのだ。
 それを振り下ろすその直前、芹が呟く。

「よかった…」

 心からの安堵、だった。
恩師を、友人を、親を、親類を。
その手で殺めてはいなかったという、その安堵。
 その気配に、ナズナは一瞬戸惑ったが。
「……さよなら…!」
 短剣を振り下ろす。
直後。

「目を覚ますんだ!早く!起きろ起きろ!」
 不意に、頭上から声が響いた。
全く気配も感じなかったそれに、ナズナは後方へと飛び退り、周囲を伺う。
が、何も妙なものは見当たらない。ただ、夕暮れの公園と森があるだけだ。
 一方で芹は、唐突に響いた聞き覚えのある声に驚き、感傷もそこそこに辺りを見回す。
「あンたそんなにねぼすけだったンかい?…ったく、ンなとこで寝てると風邪引くよ!」
 再び響く声。
それは芹にとって、そしてナズナの姿をした者にとっても、聞き間違えようの無い、独特な雰囲気を持つ声だった。
「…先生」
「大川…葉子…」
 ほぼ同時に呟き、顔を見あわせる。
――まさか、共通の知り合いがいたとは。
 そうして奇妙な時間がわずか流れた後、芹は理解する。
これは夢なのだ、と。
特に理由はないが、ただ実感した。
現実ではないが、実際に起こった事。
いわば夢の中での現実。
 それならば、今すぐにでも。
「…!しまった…!待て!」
 ナズナが叫ぶ中で、芹はただ想軌する。
この夢が終わり、現実へと覚醒する過程を。

 直後、夕暮れの光が増し、森を、公園を、芹を、ナズナを。
まるで焼き払うかのように照らし出し、そしてやがて全てが夕暮れに染まり、それらが全て、全て熱を増すように輝きを帯びて。

 全てが白という白に塗り潰される中、ナズナは…否、ナズナの姿をした者は確信する。
――恐ろしいのは、後ろ盾…本家だけではなかったのだ、と。

 やがて、それらが白く輝き何もかも染まった頃。
音も無く、幻夢の世界は終わりを告げた。




              ――「夢現。夢幻の夕暮れ、夕暮れの幻。」 終 ――
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棒渡し。秘められていたかもしれないコト。 | HOME | 深紅の夢。夢と現の殺戮者。

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